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Logger since : 497 days ago.
| Upload date | 22 03 2009 |
|---|---|
| views. | 483 |
| Start point | 36.111355,139.115265 |
| via point | 36.119059364,139.116428553 |
| End point | 36.1126066667,139.115218333 |
| Distance | 4.97km |
| 移動時間 | --秒 |
| Avg./Max. speed | --km/h ・ --km/h |
| Tags |
藤田氏は関東管領山内上杉氏の重臣として北条氏と対抗すべく秩父の諸豪族をまとめ上げるため、藤田重利は秩父の豪族白鳥氏の勢力長瀞町、皆野町を侵攻し滅ぼす。
長瀞町に天神山城を築城し、ここを基点に奥秩父までその力を伸ばし豪族を支配下おいた。
しかし、山内上杉氏、扇谷上杉氏の川越城奪還の戦にて北条氏康に大敗し、上杉憲政は、上野国まで後退。
後ろ盾を失った藤田重利は、仕方なく北条氏康に降伏し天神山城と所領を氏康に明け渡しました。
秩父統治のため氏康は三男氏邦を重利の養子に入れ、北武蔵の拠点とした。
しかし秩父の諸豪族が全て北条氏の配下になったため、実用的ではない天神山城必要が無くなり氏光に譲り、氏邦は鉢形城を拠点とし、移転。
その後、秩父地方は何度となく武田勢に攻撃にされ、天神山城は防衛上の重要なく拠点となる。
しかし1590年豊臣秀吉による小田原征伐の際に鉢形城と共に西軍の前田利家、上杉景勝の大軍勢に包囲され落城。